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山口地方裁判所宇部支部 平成3年(ワ)85号 判決 1992年12月10日

原告

迫山譲

被告

石川二美恵

ほか一名

主文

一  被告石川二美恵は、原告に対し、金三三万〇七一三円及びこれに対する昭和六三年四月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告石川二美恵に対するその余の請求及び被告松井信雄に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の一と被告石川二美恵に生じた費用の五分の一を被告石川二美恵の負担とし、原告及び被告石川二美恵に生じたその余の費用と被告松井信雄に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金二四二万二三九九円及びこれに対する昭和六三年四月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故により負傷した原告が、被告石川二美恵(「被告石川」という。本件事故時は旧姓「谷」)に対し、民法七〇九条に基づき、被告松井信雄(「被告松井」という。)に対し、自賠法三条に基づき損害賠償を請求する事案である。

一  原告の主張の要旨

1  本件交通事故の発生

(一) 発生日時 昭和六三年四月一〇日午後二時三〇分頃

(二) 発生場所 宇部市上字部風呂ケ迫 高木政枝方先

(三) 加害車両 軽四貨物自動車 山口四〇ほ二〇八

(四) 保有者 被告松井

(五) 運転者 被告石川

(六) 事故の態様

被告石川が、駐車中の加害車両を後方に発進させるに際し、後方の安全を確認しないまま発進させた過失により、加害車両後部を原告の押す手押し車に衝突させ、手押し車もろとも原告を地面に転倒させた。

(被告石川との間において、(一)乃至(三)、(五)及び(六)のうち被告石川にも後方確認を怠った過失のあることは争いがない事実、(一)乃至(三)、(五)については、甲一、原告、被告石川により認められる。)

2  原告は本件事故により、頭部外傷、右上肢打撲、頸部捻挫、右母指変形関節症等の傷害を負った。

3  本件事故により、原告に次の損害が生じた。

(一) 治療費 四〇〇円

診断書費用 三万三二九五円

(二) 右母指変形関節症治療のためのネツト代金 三六八七円

(三)交通費 四二万九二九〇円

(四) 車椅子代 二九万九七二五円

(五) 通院慰謝料 一九一万円

(六) 弁護士費用 二五万円

4  損害の填補 五〇万三九九八円

5  損害合計二四二万二三九九円

二  被告石川の主張の要旨

1  被告石川に、後方に対する注意が不十分であつたことは認めるが、一応後方の確認をしており、原告においても、注意をしていれば、加害車両が後退することに気がついたはずであるから、その点で原告にも過失がある。

2  加害車両が、原告の手押し車に積んであつた材木に衝突したものであり、その材木が原告の手に当たつたが、手押し車及び原告は転倒していない。

三  被告松井の主張の要旨

被告松井は、加害車両の保有者ではない。

すなわち、加害車両は、被告松井が、昭和六一年八月頃、菅原利幸(「菅原」という。)から同人が車両購入のローンが組めないため、被告松井名義を貸してほしいとの要請を受け、所有名義を貸したにすぎないものであり、真の所有者は菅原であり、被告松井は加害車両の運行を事実上支配、管理していないし、運行を監視、監督する立場にもなかつたのであるから、被告松井には自賠法三条の責任は存しない。

第三判断

一  本件加害車両の保有関係

証拠(被告松井、被告石川)によれば、次の事実が認められる。

1  被告松井は、昭和六一年八月頃、同被告が代表者である関西工業株式会社の取引先の元従業員であった菅原利幸から依頼を受け、被告松井において加害車両の購入代金を右会社の手形約三〇枚により分割払いとすることとし、毎月菅原が被告松井にこれに相当する代金分を支払う旨約束したため、菅原のために加害車両を購入するにつき被告松井名義を貸与したが、菅原は右代金を一回も支払わなかつたので、支払の促進のため菅原の自宅を尋ねたこともあったが、菅原には合うこともできず、また、加害車両を本件事故まで菅原の自宅を訪ねた際にそれらしき自動車をみたことがあったものの、それ以外には見たことはなかつた。

2  菅原の加害車両の使用状況は不明であるが、本件事故時、菅原が被告石川宅を訪ねてきていたところ、たまたま被告石川が菅原から加害車両を借り受けたものであり、被告松井と被告石川とは面識がない。

3  ところで、自動車の真の所有者から依頼を受けて自動車の所有者登録名義人となつた者が自賠法三条の「自己のために自動車を運行の用に供する者」にあたるかどうかは、その者が登録名義人となつた経緯、所有者との身分関係、自動車の保管場所その他諸般の事情に照らし、自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあるかどうかによつて判断すべきものと解される(最高裁判所昭和五〇年一一月二八日判決・民集二九巻一〇号一八一八頁参照)。

そして、前記認定の事実によれば、被告松井は、所有者である菅原とは、単なる元の取引先の従業員としての関係しかなく、菅原は一回も被告松井に支払うべき金員を支払つていないこと、また、一回も面会することすらできないこと、専ら菅原のみが使用し、被告松井が加害車両をみたこともなかつたこと等の事情からすると、被告松井において加害車両の運行を事実上支配、管理することができる立場になかつたことが明らかであるから、自賠法三条の「運行の用に供する者」には該当しないというべきである。

4  したがつて、原告の被告松井に対する請求はその余の判断をするまでもなく理由がない。

二  本件事故の態様等

証拠(甲一、三八、被告石川、原告)によれば、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、駐車場のような空き地であるが、菅原利幸が右空き地に加害車両を駐車していた。

そして、被告石川が菅原から加害車両を借り受け、右空き地から加害車両を出そうとしたが、一旦バツクをしないと出すことができなかつたため、一応後方を確認をしたが、右確認が不十分であつたため原告の姿に気がつかず、バツクを開始したところ、五〇センチメートル前後走行したときに、加害車両の右後部が原告が押していた手押し車に衝突した。

手押し車には、数本の材木が積まれていたが、右衝突により、手押し車に積まれていた材木が原告の右手に当たつた。また、加害車両の後部ウインカーが壊れ、一方、手押し車の車輪が曲がつたが、原告が転倒することはなかつたし、本件事故後、原告は右手を摩つていたが、その余の症状は訴えていなかつた。

2  なお、原告は、本件事故の際、あたかも手押し車の下敷きになつたかのように供述し、その態様を示した写真を証拠として提出するが(甲三八)、右写真による状況からすると、手押し車が一回転しなければ説明がつかないが、一回転していないことは原告も自認するところであり、また、原告の右供述等は手押し車の構造、形態を考慮にいれてもありうることのない状況であつて、本件事故の態様を大げさにしようとする原告の作為によるものという外はなく、とうてい信用できるものではない。

また、原告は、本件事故の際、転倒した旨述べるが、原告が、当初治療を受けた尾中病院において、本件事故の態様として、リヤカーを押していたところ、加害車両がバツクしてきてリヤカーに当たり、リヤカーに積んでいた材木が右肩から右肘、右前碗に当たり打撲した、リヤカーは一部損傷した旨述べるものの、転倒したとは述べていないし、今釜整形外科においてもほぼ同様のことを述べているのであつて、原告が転倒したとの点も信用することができないというべきである。

3  次に、被告石川は、本件事故につき、原告にも過失がある旨主張するが、被告石川がバツクを開始してわずか五〇センチメートル程度走行した段階で原告の手押し車に衝突したのであるから、確実に後方を確認していれば、原告及び手押し車の存在な気がついたというべきであり、したがつて、このような場合には、むしろ被告石川において確実に後方を確認し、クラクシヨンを鳴らすなど、わずかの注意を払えば本件事故は避けられたというべきであるから、原告の行動をもつて、原告に過失ありということはできない。

よつて、被告石川の過失相殺の主張は採用しない。

三  治療経過等

証拠(甲二乃至六(ただし枝番も含む。以下、特に明示しない場合には同様とする。)、一二乃至一七、原告)によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、次のとおり通院治療を受けた。

(一) 尾中病院整形外科

昭和六三年四月一一日から同年五月二四日までの間(実日数三三日)

(二) 今釜整形外科

昭和六三年五月二五日から同年九月九日までの間(実日数八七日)

(三) 宇部興産中央病院(「宇部興産病院」という。)

昭和六三年六月一七日から平成三年四月一二日までの間(実日数九〇日)

(四) 宇部記念病院

昭和六三年九月一二日から平成三年四月八日までの間(実日数五九四日)

(五) 山口大学医学部附属病院(「山口大学病院」という。)

昭和六三年九月二日から平成三年三月四日までの間(実日数一八日)

2(一)  尾中病院において、原告は専ら右上肢痛を訴えるのみであったが、その点も神経学的他覚所見と運動麻痺が一致しないとして問題が大きいとされている。

(二)  今釜整形外科においては、頸部痛、右母指、右肘から前腕にかけての痺痛を訴えていたが、昭和六三年七月末時点で転医か治療打ち切りか、と考えられていた。

(三)  宇部興産病院においては、頭痛、右上肢脱力、下肢脱力感及び右母指圧痛を訴え、頭部外傷第一型、頸椎捻挫、右手部打撲傷と診断され、平成三年五月二二日付の診断書では歩行困難で車椅子を使用中であるとされているが、カルテの昭和六三年一〇月五日欄には、車椅子から転落したとの記載がある。

(四)  宇部記念病院では、項部痛、肩部痛、母指痛が認められ、母指の可動域制限が認められ、頸碗症候群、右母指変形性関節炎と診断されているが、これらは退行性変性に基づいているものと考えられている。

(五)  山口大学病院では、右母指MP関節五〇度屈曲位・IP関節一〇度屈曲位で拘縮状態にあり、運動がわずかに可能であるとされ、右母指MP関節・IP関節拘縮、頸部捻挫と診断され、さらには、左下肢不全麻痺も認められるとされている。なお、右母指痛はいわゆる腱鞘炎である。

3  ところで、原告には、本件事故の約三〇年前にも右母指伸筋腱の縫合手術を受けている(甲三七の四)が、さらに、昭和五二年頃、左下肢痛、腰痛で労働災害を受け、昭和五五年一〇月には山口大学病院で頸部痛、左下肢不全麻痺と診断され(甲三四)、昭和五六年頃に左足麻痺により身体障害者等級四級の認定を受けていたし、昭和六二年五月には尾中病院で脊髄損傷の治療を受け(甲二)、同年一〇月には山口大学病院で変形性膝関節症、右肩関節周囲炎と診断され、治療を受けていた(甲三四)のであつて、本件事故の少し前からは尾中病院において左足、腰部の治療を受けていた。

なお、宇部記念病院におけるレントゲン検査結果によれば、第六腰椎の一つが半分欠けているとのことである(甲三三の二九)が、これはもともとの基礎疾患によるものであり、また、山口大学病院でのカルテによれば、平成二年八月に転倒して踵を打撲している(甲三七の九)し、平成三年四月二六日には車椅子が必要である旨の診断書が作成されており(甲六の二、三七の一六)、また、宇部興産病院の同年五月二二日付の診断書によれば、その頃も車椅子を使用中であるとのことであるが、しかし、その直前である平成三年四月八日付で作成された診断書には左下肢不全麻痺等については全く触れられていないし、かえつて平成三年六月一五日頃には自転車で走行中転倒との記載もあり(甲三七の一七、甲一九の二五)、その後も自転車に乗つている(甲三七の二二)ことが認められる。

4  以上の事実によれば、原告にはもともと左足不全麻痺、脊髄損傷及びこれによる腰部痛の基礎疾患があり、右母指についても伸筋腱の縫合手術を受けていたこと、本件事故直後に受診した尾中病院においては右上肢痛、右母指痛を訴えていたのみであり、その後の今釜整形外科においても頸部痛が加わったものの、尾中病院におけると同様の愁訴であり、この点からして、本件事故と相当因果関係のある傷病としては右上肢痛、右母指痛及びせいぜい頸部痛にすぎないというべきであり、それらの症状も今釜整形外科における昭和六三年九月九日までの治療をもつて症状固定したものとして原告の損害を算定するべきであり、左下肢に関する障害については、本件事故との間に相当因果関係はないものというべきである。

四  損害

1  治療費等 一万八〇〇〇円

治療費として認められるのは、前記認定のとおり症状固定時である昭和六三年九月九日までの間の分であるところ、原告主張の治療費四〇〇円がいつの分で、どの病院の分であるのかが不明であるので、これを損害として認めることができない。

また、診断書費用については、本件に提出された診断書のうち、甲二乃至五、六の一、二の六通は本件審理に一応必要であつたと認められるところ、右各費用がいくらであつたかは明らかではないが、一通につき三〇〇〇円と推認し、一万八〇〇〇円を損害として認める。

2  右母指変形関節症治療のためのネツト代金 三六八七円

症状固定時までの間における右ネツト代金につき、診療録上記載が認められるのは、甲一六の一の二〇〇円と甲一六の一〇の二〇〇円及び二五〇円の合計六五〇円のみであるが、傷害の程度、状況、治療経過からすると症状固定時期までの間に原告主張のとおり三六八七円を必要としたものと推認できるから、これを損害として認める。

3  交通費 六万三〇二四円

原告は、症状固定日までの間に、尾中病院に三三日間(甲二)、今釜整形外科に八七日間(甲三)、宇部興産病院に六日間通院していた(甲一九の一、二)ことが認められるところ、前記認定の傷害の部位、程度等からするとせいぜいバスによる通院費分を損害として認めるべきであつて、タクシー料金分は認められないというべきである。

ところで、現在、本件事故時の原告宅から尾中病院までのバス料金は片道二六〇円、今釜整形外科までが同三一〇円、宇部興産病院までが同六四〇円であるから(弁論の全趣旨)、一応これをもとに算出すると、

五二〇円×三三+六二〇円×八七+一二八〇円×六=七万八七八〇円

となるところ、本件事故当時はこれより低額であつたことが明らかであるから、右金額の八割をもつて通院交通費として認めるべきである。

したがつて、七万八七八〇円×〇・八=六万三〇二四円となる。

4  車椅子代

前記認定のとおり、本件事故と相当因果関係のある傷病としては右上肢痛、右母指痛及びせいぜい頸部痛にすぎないというべきであり、左下肢に関する障害については、本件事故との間に相当因果関係はないものというべきであるから、左下肢の残存障害の結果必要とされる車椅子代は本件事故に基づく損害としては認められない。

5  通院慰謝料 七〇万円

前記認定の本件事故の態様、原告の障害の部位、程度、その他本件に表れた諸事情に照らすと、通院慰謝料としては七〇万円が相当である。

6  以上の損害合計は七八万四七一一円となる。

7  損害の填補

損害の填補として五〇万三九九八円が支払われていることは原告の自認するところであるから、これを控除すると、原告の損害は二八万〇七一三円となる。

8  原告の損害として認められる認容額その他本件の諸事情に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は五万円と認めるのが相当である。

五  以上のとおり、原告の損害は三三万〇七一三円となる。

なお、遅延損害金の起算日については、事故の当日、損害を賠償すれば、遅延損害金が付されないというべきであるからして、本件事故の翌日である昭和六三年四月一一日とするべきである。

(裁判官 鳥羽耕一)

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